2017年10月15日日曜日

鳴滝の思い


我が家の裏山に、鳴滝という滝が流れています。
山は標高がわずか500メートルほどですが、滝の水は一年中枯れることがありません。
我が家から歩いて15分くらいですが、滝があたりの空気を冷やしていて、気温は2度くらい低く、特に夏にはその涼しさに、誰もがほっとします。
このあたりは粘板岩でできていて、岩がむき出しでそそり立っているところもあります。

そんな滝まで、犬たちが元気だったころは毎日のように散歩に行きました。そして、滝つぼの石を拾うことがありました。滝つぼと言っても、水たまりくらいの大きさです。
水量が決して多くはないのに、すべすべに丸くなった石がありました。いつから滝に打たれ、いつから丸くなりはじめたのか?
千年、二千年。おそらく、気の遠くなるような年月がかかったことでしょう。

さて、客人があったので、昨日は鳴滝に行きました。
ちょっと滝つぼに手を入れてみましたが、いまはすべすべの石は一つもありません。小石さえ少ないのですが、その小石もごつごつしています。
以前は、ここで丸い石を拾った、という話をK夫人にする、
「あんまり石は拾わない方が.....」
と口ごもられました。
訊いてみると、その昔、妹さんが病気になったのですが、どうもお墓の石を拾ったのが原因のようだったと、お母上が話されていたというのです。
そんな話を聞いて、私も久しぶりに、石にまつわる話を思い出しました。

あれは、初めてカンボジアに行った年、たぶん、1990年のお正月ごろでした。
当時は、カンボジアの和平をめぐるパリ協定が結ばれる以前で、国連に国として認められていたのは、タイ国境あたりに残存していた、ポル・ポト派を含む、武装した三派連合という歪んだ状態で、プノンペンを中心に、カンボジアのほぼ全土に住む人々は、国際社会(というか、西側)からは見捨てられていました。
ポル・ポトの恐怖政治から、カンボジアの人々を解放したのは、ヴェトナムに亡命していたフンセンやヘン・サムリンで、ヴェトナム軍に応援を頼んで、ポル・ポト軍を、タイ国境に追いやりました。そのため、ヴェトナム戦争に負けたアメリカやフランスは、面子からしてもフンセンたちを容認することができず、フンセンたちをヴェトナムの傀儡政権と決めつけていたのです。

さて、プノンペンに滞在していた同僚Mさんが、初めてカンボジアを訪問した私をトゥールスレーンに連れて行ってくれました。プノンペンに来た人なら一度は行ってみた方がいいという配慮からだったと思います。
トゥールスレーンは、もともとは高校でしたが、ポル・ポト時代に、虐殺の拠点となり、投獄、拷問、処刑などに使われた建物で、残虐行為の象徴として戦争博物館になっています。
生々しい展示を見たあと建物の外に出ると、強い日差しが照りつけていて、重苦しい気持ちが、少しだけ晴れていきました。そしてつい、いつもの癖で、庭の丸い小石を、三つばかり拾ってしまったのでした。
親指の先ほどの石でした。

数日後、プノンペンからラオスのヴィエンチャンに行こうと、空港で荷物検査をした時のことでした。荷物が制限重量の20キロを5キロ以上超えていて、超過料金を払わなくては預かれないと言われました。おかしい、カンボジアで重いものを増やした覚えはないと思いながら、そこは、
「じゃぁ、超過している分は手で持っていくから」
と、姑息なすり抜けをして、ヴィエンチャンには無事に飛ぶことができました。

それにしても不思議でした。何が目方を増やしたのだろうと、スーツケースの中を点検してみても、思い当たるものがありませんでした。そして最後に、トゥールスレーンの小石が気になりました。
「まさかね。でも、これしかない」
次の日、私はヴィエンチャン在住のAさんとHさんに、朝一番でメコン川の土手に、連れて行ってもらいました。
そして、心を込めて鎮魂のお祈りをして、トゥールスレーンの石をメコン川に投げ入れました。
ラオスを出るとき、ヴィエンチャンの空港の荷物検査で、私の荷物は、20キロを大きく下回っていました。
もしかしたら、プノンペンの空港の秤が壊れていたのかもしれませんが、以後、石を拾うときは、思いのこもった石は拾わないよう、気をつけています。
お寺の石も、神社の石も、拾いません。


鳴滝の石には、思いがこもっているなんて考えたこともありませんでしたが、こんなに丸くなるのに、少なくとも千年はかかるかもしれません。
だとしたら、山の思いはこもっているかもしれません。

「いつか、滝つぼに戻した方がいいかしら?」
よくわかりませんが、まだその時ではないと思うのは、私の勝手な言い分でしょう。


さて、先日行った徳島県のつるぎ町にも鳴滝がありました。
バスの車窓からちらっと見ただけですが、素敵な滝でした。


そして、京都にも鳴滝があるのを知りました。
どれも、滝つぼに直接落ちてくる滝ではなく、斜面をすべるように落ちてくる滝です。いろいろな音がするので、鳴滝と名づけられたのでしょう。






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