2011年1月31日月曜日
極小穀物テフ
エチオピアの中高地から高地に育つ穀物、テフ(Eragrostis tef)は、世界でもっとも粒の小さい穀物と言われています。
米と比較してみましたが、ゴマと比較した方がよかったかもしれません。ゴマの五分の一くらいの大きさでしょうか。(写真はクリックすると、大きくなります)
テフの畑は、背が低くてひょろっとした草が、まばらに生えている感じで、頼りないことこの上ありません。エチオピアの畑は、作物を寒さから守るため、保温力のある石をわざと残しています。テフの株が大きくはならず、ただでさえすかすかなのに、畑が石だらけなので、さらにまばらになっています。
テフは8月ごろに種を播きます。
干ばつの危険もありますが、恐ろしいのは、早霜です。早霜にあったら、収穫が望めない可能性が大きいのですが、高く売れる換金作物のため、高地の人たちも危険を犯しても植えたがります。
刈り取ったテフは、ござの上に広げて、踏んで脱穀します。
お米でさえ、刈り取った籾から、ごみを取り除いて、きれいな状態にするのは、植えてから刈り取るまでの作業と同じくらいたいへんです。
テフは、収穫作業のときに、半分が風に吹き飛ばされてしまうのではないかと、冗談ではなく言う人もいます。小さくて軽い粒ですから、収穫作業は本当に大変だろうと思います。
テフを食べている農家もあるのでしょうか?
テフのほとんどは、アディスアベバのような都会で消費されますが、一般の農家だけでなく、テフ農家も、高いテフは売ってしまって、そのお金で麦などを買い、それを主食にしています。
農村で食べている、麦の全粒粉でつくる、ホットケーキのような形のパンは、歯ごたえがあり、もちもちして、おいしいものです。しかし、エチオピアの人は、麦のパンなんて貧乏くさい食べ物で、テフこそが最高のごちそうと思っているようです。
テフは粉に挽いて水でとき、三日ほど寝かせます。すると乳酸菌発酵して、ちょっと酸っぱい生地ができます。それをクレープのように薄く焼いたものが、インジェラです。
お盆の形の笊の上に、インジェラを何枚か重ねて置き、その上にワットというカレーのような煮込みを置いて、みんなで囲み、インジェラを端からちぎって、ワットをつけながら食べます。
それと一緒に、牛生肉でも食べれば、もう最高のご馳走です。
が、残念ながら牛生肉にはサナダムシの卵が入っていることがあります。
「サナダムシの卵が見えたらそこだけ食べなきゃいいし、サナダムシがお腹に入ったら、虫下しの薬を飲めばいい」と、エチオピア人たちは豪語して、ばんばん食べます。
けれども、強い薬を使って、サナダムシの駆除に苦しんでいた人を見たことのある私は、とうとう、一度も牛の生肉は口にしませんでした。
アビシニア高原の雑貨
2011年1月30日日曜日
いろいろなジュズダマ
左上は、八郷で拾ったジュズダマです。別の場所で拾ったジュズダマと、大きさは同じですが、色がちょっと違うようです。
下のジュズダマはタイで拾ったもの、比べてみると、ずいぶん大きさが違います。
しかも、右下のジュズダマは艶々してなくて、しわしわしています。
しかし、飾りに使うのは、もっぱら、丸い形のジュズダマのようです。
これは、タイの山地に住むアカの女性の上着の背中の部分です。
ところで、この細長い種も、ジュズダマでしょうか?
細くて長いのですが、ジュズダマに似ているといえば、似ています。
やはりタイの山地に住む、カレンの既婚女性のブラウスです。
脇と前後の下半分が閉じてあり、それぞれ、首と手を穴から出して着ます。
2011年1月29日土曜日
拾いものでつくる棚
台所の南側の壁はコンクリートの打ちっぱなしです。時計を掛けていましたが、もっと利用できないかと、常々考えていました。
そこで、用途はちょっぴり、おもにはディスプレイ用の棚をつくることにしました。
材料は、以前製材屋さんのゴミの中からいただいてきたエンジュです。
切れっ端ですから、分厚いところも薄いところもあります。
ベルトソーは持っていないので、縦挽きの丸鋸で、なんとか割りました。
材料は、かつかつ間に合いそうです。
自動かんなで、厚みを揃えます。それから耳を切り落として、板にします。
小さい板きれを、接着します。
サンダーで磨いて表面を滑らかにし、仕上げに蜜蠟を塗ります。
コンクリートにしっかりとめつけて完成です。
できてみたら、嬉しさは半分というところでした。
飾ったというより、台所が、さらにごちゃごちゃしてきた感じは、ちょっと免れないからです。
2011年1月27日木曜日
2011年1月26日水曜日
薪の花
OMソーラーで、部屋は一定の温かさを保っていますが、お日さまが顔を出さないと、ストーブを焚きたくなります。なにせこのところの寒波で、外はマイナス3℃にまで冷えています。
薪の備蓄は十分あるのですが、古い薪の上に、新しい薪を積んだり、一部まだ屋根をかけてないところがあったりと、管理はあまりよくありません。
いずれ、薪を地下室に入れるつもりですが、まだ地下室は他の物でいっぱいです。
そんな、ちょっと雨の当たる場所に置いた薪に、キノコが生えていました。薄いスポンジのような、キノコです。
よく見かける猿の腰掛より柔らかそうですが、これも猿の腰掛の一種でしょうか?
立ち上がっているキノコは、まるで花のようです。
すっかり見とれてしまいましたが、このままストーブに直行してもらいました。
最近、イエルカのストーブのHPができたようです。
2011年1月25日火曜日
2011年1月24日月曜日
サハラの砂
四日ほどコンピュータが壊れて、冬眠していました。
むっくりと起き上がった日には、とびきりの拾いものでと思いますが、冬眠していては、なにも拾えないのでした。
では、珍しいものでもと、サハラ沙漠の砂です。
グラニュー糖くらいのきめ細かさでしょうか。
もっとも、サハラ沙漠も地域によって、岩ばかりだったり、いろいろな砂の状態があるそうです。
この砂は、友人からいただいたものです。沙漠の糞もいただきました。
いろいろなところで石は拾いますが、砂や土は拾うのを忘れます。沙漠に近いようなところにも行ったことがあるのに...。
そういえば、我が家にはかつて、息子たちが拾ってきた星の砂や、甲子園の土がありました。どこかになくしてしまったようです。
2011年1月20日木曜日
イノシシさん。悪しからず
たけさんから電話がありました。
「あのよう。イノシシ煮たの食べるか?」
いつもだったら、強引なのに今日はちょっと控えめ、口ごもっています。イノシシを勧めてどうか、気にしているのです。
「三遍も煮こぼしたから、臭くねえと思うけど」
最初は申し訳ないと思って遠慮していましたが、話すうちに、いただいた方がたけさんが喜びそうなことがわかりました。なに、匂いなんかちっとも気にしていません。
いただきに行くと、外にかまどをしつらえて、大鍋を掛け、薪で豪快に煮ていました。大根、ニンジン、ゴボウ、コンニャクなどといっしょに煮ていて、美味しそうです。
「ちよちゃんにも出した(あげた)んだぁ。やわらけえって喜んだ」
残り物で、簡単に済まそうとしていた昼食が、一気に豪華になりました。
近所のおじちゃんが捕まえたそうです。山からイノシシが減るなら、春まで毎日でもイノシシ肉を食べたいくらいです。
2011年1月19日水曜日
痛い串団子
古い写真です。
真ん中の、小さな腰籠に入った、植物の実は、手元にはもうありません。
もう25年も前のことです。北部タイに人を訪ねていました。
ピックアップトラックに三人で腰掛けて走っていたのですが、途中で出会ったお坊さまを、あるところまでお送りすることになりました。お坊さまには、助手席を譲らなくてはなりません。
女性はお坊さまの手どころか衣にすら触ってはいけませんので、私が荷台に移動しました。
トラックの荷台には、両側に座席を設置してありました。荷台には私だけでなく、数人乗って、ごった返していたような気がします。交通機関の少ない農村を走っているとよく、見ず知らずの人を乗せてあげることがあります。
舗装していない道路を、激しく揺られながら行くと、道端に、珍しい草の実が見えました。
大声で、「停めて!」と叫ぶと、運転していた、元同僚のコメンさんが、すぐ車を停めて、草地に分け入り、欲しい実のついた茎を何本か折って、荷台へ投げ入れてくれました。何も伝えませんでしたが、私が何故車を停めたのか、彼にはわかっていたのです。
この実は、草の上にすっと茎だけ高く伸びていて、その茎に、10センチおきくらいに、ピンポン玉くらいの大きさの実をつけていました。
まるで、空に伸びた串団子のよう。団子は3個から6個くらいついていました。
見た目はとっても可愛いのですが、トゲが硬くて鋭く、持ち運びに苦労しました。また、茎が軽くて団子が重いので、串刺しのままでは、なかなかうまく飾っておくことができず、倒れると危険なので、しかたなく、ぶつぶつ切って短くしました。
当時(も今も)、我が家には、ものがあふれていました。大きい家に引っ越す予定もなく、限られたスペースの中で、痛いこの実をもてあまし、いつだったか、とうとう処分してしました。
あれから、一度だけ、まだ緑色のこの実に出会ったことがあります。
植物に詳しいタイ人たちも名前を知りませんでしたが、また会うことがあるでしょうか?
2011年1月18日火曜日
2011年1月17日月曜日
素敵な木
どこに行っても、素敵な木を見つけるのが楽しみです。
なかでも好きなのが大きな木です。
ドリアンやフタバガキ科の木のように、カーンとまっすぐ伸びた、60メートルにもなるような高い木を見ると、胸が躍ります。それほど高くはありませんが、コブシ、ホオ、トチなども好きです。
また、樹形がまん丸くなる、マンゴーや、インドボダイジュなどや、♪この~木なんの木♪の、レイントゥリーのような、横に広がる木も大好きです。
これはエチオピア北部のアカシアの木です。
エチオピア北部に残っている大木の多くは、「聖なる木」ですが、この木も、石垣で囲まれて、枝の先にも、支えの棒が立ててあり、大切にされています。
木の下に入ると、まるで室内にいるような安心感が漂っています。
ここ、八郷にも素敵な木があります。
たった一本だけのカエデの生垣は、みごとに東西にだけ枝を伸ばしています。
夏の写真をさがしたのですが、見つかりませんでした。季節の半分は、足元のドウダンツツジにもカエデにも葉が繁り、みどり一色で、全然違う趣になります。
この、段差のあるところで、ふんばって立っている樫の根っこも気に入っています。「偉いぞ」と声をかけたくなる根っこです。
2011年1月16日日曜日
ヤム芋の実
朝起きたら、雪が降っていました。
そういえば、昨年の今ごろは、南タイで、暖かい思いをしていました。
その南タイの友人から、メールで写真が届きました。
庭で珍しい種を見つけたから、乾燥したら採って送ってくれるそうです。
ヤム芋の実です。
日本の山芋の実とそっくりですが、一まわり大きかったような記憶があります。以前はこの莢も持っていましたが、運びにくいし、壊れやすいもので、今は手元にありません。
世界には、主食として米を食べる人、麦を食べる人、それ以外の穀物(トウモロコシ、ソルガム、ミレット、そば、テフなど)を食べる人、芋を食べる人、サゴヤシのでんぷんなどその他のものを食べる人たちがいますが、米が十分足りていたタイの人はほとんど芋を食べません。
だから、このヤム芋は食べられる芋なのか、食べられない芋なのかわかりません。
もっとも、クワズイモやコンニャクでも食べられるのですから、このヤムだって、調理方法によっては、食べられると思われますが。
いずれにしても、楽しみが一つ増えました。
雪の上の足跡
2011年1月15日土曜日
すずかけの実
ご近所に、かつて暮らしていたというご隠居さんが、小さな敷地に残した、大きなプラタナスの木は、見上げると、今年もたくさんの実をつけています。
しかし、木の下には、硬くしまった実は、ほとんど落ちていません。
どうやら樹上に長く留まり、種の袋がふわふわになり、ばらばらになったころ、やっと落ちてくるようです。
硬くしまった、きれいな実だったら拾いたいと思っているので、ふわふわ、ばらばらの実が落ちていても、全然関心を払いませんでした。
ところが今日、ばらばらに壊れた実の中に、硬いものを見つけました。
一つ一つの種の袋は、こんな核についていたのでした。
見回すとありました。中の核だけになったものがぽつぽつと。
この核(と呼ぶのかどうか)も、よく見ると、なかなか可愛いものでした。
2011年1月14日金曜日
2011年1月13日木曜日
大漁だよ!
つくばに、知人を訪ねました。
その帰りに、街路樹の、葉を落とした立ち姿を見ながら、めぼしをつけたところに、車を停めました。
今の季節につくばの街を通ったら、拾いたいものがあります。モミジバフウ(アメリカフウ、Liquidambar styraciflua)の実です。
嬉しいことに、木の下には、拾いきれないほどのフウの実が落ちていました。
欲張ってどうする?、でも欲張ります。もちろん、欲張っても、拾い切れませんでしたが。
どうして、こんなにおもしろい形の実ができるのでしょう。いつ見ても感激です。
種があるかしらと、一つ割ってみようとしましたが、硬くて、なかなか割れません。
もう種はすっかり落ちてしまっているようでした。
フウのトゲに、いくつもの綿毛の種がついていました。
ノボロギクの種でしょうか?
フウの実が予定通り拾えて大満足でしたが、残念だったのは、ユリノキの実が採れなかったことです。
ユリノキの実は、はじけて、種がこぼれても、高い枝にしっかりとついています。木の下に落ちているのは、葉ばかりです。
木工家のOさんの隣人のKさんは木登り上手です。
Oさんがそれを知らないで、「家に日陰をつくる杉の枝を落としてくれたら、杉1本につき千円払う」と言ったら、ぱっとよじ登って、2時間もしないで5、6本の木の枝をきれいに払ってくれたとか。
Oさんは「価格設定が高すぎた」と言っていましたが、木登り上手はうらやましい。
私も、木登りの練習をしておくべきでした。「そうしたら採れたのに」と、高いユリノキを見上げながら悔しがりました。