2015年2月26日木曜日

また水玉


ペンキを塗ってから経った時間と、水のたまり方には、関係があるようです。
塗ってから数日経った鉄骨の上の水玉は、大きな水玉と小さな水玉が棲み分けていました。


大きいのがたて込んでいるところもあれば、


小さいのが多いところもあります。

あれから数日、今では水玉は全然楽しめません。流れる部分は流れて、たまる部分はたまって、何の目も引きません。



2015年2月24日火曜日

野菜の地球化


Sくんのジャガイモ、こうじくんの赤カブ、さちこさんの人参、みわさんの豚肉、すべて茨城産です。
しかも、Sくんとさちこさんは、昔の仲間ですから、「生産者の顔が見える」どころの関係ではありません。さちこさんは、八郷ではなく、もっと北の方に住んでいますが、先日、やはり昔の仲間のNさんが、さちこ家から我が家に来たとき、運んで来てくれたものです。


お塩はどこのものだったかしら?沖縄だったかもしれません。
それに、インドの胡椒をふりかけ、モロッコのタジン用のミックス・スパイスも振りかけ、ビニール袋に入れて振り混ぜ、よく混ざったら、チュニジアのオリーブオイルを入れて、さらに全体になじませます。
これで、地産地消の野菜たちは、すっかりグローバルになってしまいました。


キャセロールに入れて、オーブンで焼いたらできあがり。
茨城の皆さま、沖縄の皆さま、インドの皆さま、モロッコの皆さま、チュニジアの皆さま、ごちそうさまでした。





2015年2月23日月曜日

雨のしずく


雨上がりの朝、カツラの木はいつもきれいです。


 葉がある季節は葉に、枝しかない季節には枝に、水滴がぶら下がっています。


しずく一つ一つに、景色が映り込んでいます。
  

でも、今朝はカツラだけじゃない、カエデにも水滴が留まっていました。


おや、スモモにも、
 

そして、ヤマボウシにも。




2015年2月21日土曜日

鉄の上の水玉


鉄骨にペンキを二度塗りする前に、昨日の雨の残っているのをきれいに拭き取らなくてはなりません。


それにしても、なんて面白い濡れ方をしているの?


大きな水玉と小さな水玉をちりばめて、まるで模様のようです。


さび落としもペンキ塗りもしていない部分には、水玉模様はありませんでした。


あれあれ。
すっかり乾いてから雨が降ったはずなのに、拭きとっても水玉の跡がしっかりついてしまいました。
もっとも、これはもう一度塗るし、完成したのは拭いてみると跡が残らないので、問題はありません。







2015年2月19日木曜日

カエデの実


友だちのアパートの階段わきにひょろっと生えていたカエデの木の、まだ落ちないでしがみついていた実です。


木についているときは、小さくて、薄汚くてゴミみたいだったけれど、よく見ると、
「存在感があるじゃない」





2015年2月18日水曜日

どうしてそんなに大きくなるの?


拾いものじゃないけれど、家の金魚たち、どうしてこんなに大きくなるのでしょう?


買った時は、指ほどの大きさでした。
 

でも今は、尻尾抜きでネズミくらいの大きさ、長さは20センチくらいになっています。
小さい頃は、冬の三ヶ月はほとんど水面近くに浮かんでこなかったし、浮かんで来ても餌は食べなかった。
でも大きくなった今では、お天気がよいと浮かんで来て、餌をやると食べます。
一度死にかけた金魚も元気いっぱいです。







2015年2月17日火曜日

メタセコイア

骨董市の会場の「栗の家」の、道沿いのメタセコイヤは、今年に入ってコテンパンに切られてしまいました。今では、道からは離れた場所の数本だけ残っています。
その残ったメタセコイアの一本だけに、実が鈴生りに生っているのは知っていました。

先日、骨董市に行くと、あまやさんがシートを広げて、その上に民族人形をたくさん、無造作に転がしていました。
「あれあれ」
と近づくと、シートの脇の地面のあちこちにメタセコイヤの実が落ちていました。あまやさんの広げた店は、実が生っているメタセコイアの真下だったのです。
思わず、人形を見る前に、
「ちょっと待ってね」
と言って、メタセコイアの実を拾おうとしましたが、ほとんどつぶれていました。
「おれが踏んじゃったからね」
「いいのよ、気にしないで。もう持っているし」
それからあまやさんは、ひとしきり、実つながりでモミジバフウの実のたくさん拾える場所を教えてくれました。ただ、そのモミジバフウは街路樹なので、定期的に枝打ちされるらしいのです。
「前はさぁ、今年は左側っていうふうにまとめて枝打ちしていたけど、今は何本おきとか、変なふうに枝打ちするのよ。切ったら次の年は実が生らないからね。まとめて拾いにくくって」
どうやら拾って、四個100円とかで売っているようでした。


さて、メタセコイアです。
形をとどめていたのを三つだけ拾いました。また今度、骨董市の開かれていない週末に行ってみましょう。


メタセコイアの実をそこいらに転がしておいたら、種がこぼれていました。

メタセコイアは、案外成長の早い木です。ここいらでも、あちこちに植えてありますが、どれも大きくなっています。
新芽もきれい、紅葉もいいのですが、私は好きではありません。理由は、樹形です。
我が家の近くの山の中に、何故か一本、メタセコイアが生えています。いったい誰が植えたのでしょう。入って行ったことはありませんが、画家のKさんが近くに住んでいますから、Kさんの植えたものかもしれません。
冬以外は目立たないので問題ありませんが、冬に葉が落ちると遠くから、一本だけ樹形が目立ちます。他の木は、お互いに溶けあって一つの景色をつくっていますが、メタセコイアだけ、鋭角に尖がった、大きな三角形が、異質過ぎるのです。それが、年々大きくなっているのです。

外から家に向かうとき、嫌でも目に入り、うっとうしいなぁと思ってしまいます。
メタセコイアに罪はないのですが。