2010年2月28日日曜日

クロヨナ



以前、なんの実だかわからないけど、クロヨナ?と書いた実は、クラビの友人の家の近くにもたくさん落ちていました。しかし、ずいぶん前に落ちたのか、そろそろ、土として地球に還ろうとしているところでした。

中の一つを割ってみました。漂流して日本にもたどり着くような豆ですから、莢はとても堅かったのですが、中には一つだけ、茶色い種が入っていました。それで決まりです。クロヨナ(Pongamia pinnata)は、1種子なのです。
クロヨナの樹液や種は民間薬として使われ、樹皮からはタンニンや繊維が取れるそうです。家畜の飼料としてもいいそうですが、タイではもう家畜はずいぶん減りました。


2010年2月26日金曜日



毎年、スイカズラの花が咲いて、あたりにいい香りがただようと、「あっ、スイカズラの季節だ」と、思いますが、花が終わると、忘れてしまいます。そして、千人草が咲くと、「千人草はきれいだなあ」と、愛でますが、花が終わると、すぐ忘れてしまいます。
蔓になって他の木に登っていく植物、昔はアケビやフジは大好きだったのに、今でも好きかもしれないのに、山仕事をする身になった今は、「敵」に近い存在です。もう、クズはそこいらの山を汚している最先鋒ですし。

そして、この実、いったいなになのか、正体不明のままですが、毎年、けなげな実をつけます。「あっ、今年もなっている」と摘んできて、あちこちにおいているうちに、ぶつかったりして、実がすっかり落ちてしまいます。




今年も摘んできました。それにしても、かわいいい。




莢はまるで舟のよう、そして実は、必ず、別々の舟べりにくっついています。

2010年2月24日水曜日

赤い実



タイ南部、クラビの空港から友人の家への道、海岸沿いに走っているとき、この実をつけた木を見つけました。背の高い、まっすぐな木に、真っ赤な実がなっていました。
「ちょっと、車を停めて」。私が、根元に落ちていたこの実を拾ってきたら、友人が言いました。「なんだ、この木なら、我が家にもあるよ」と。

こんな特徴的な実なら、すぐに正体がわかるだろうと、タイ人に名前をたずねることもせず、帰ってきたのが間違いでした。どこをひっくり返しても、なにだかわかりません。
以前にも同じものを拾ってるのですが、タイ南部で拾ったものか、その他の地域で拾ったものかも覚えていません。

特徴的なだけに、なにものだか知りたい気がします。木に詳しいインドの友人に聞いてみることにしました。メールで写真を送って名前をたずねると、すぐに返事が来ました。「たぶん、Dipterocarpaceaeだけど、ちょっと詳しいことは待って」。
えっ、私は翼のないフタバガキ科の実を知りませんでした。
Afzelia xylocarpaに近いのではないかと思っていたのだけれど、違うみたいで」、私は聞いてみました。「Afzelia xylocarpaではない。今、旅先だから、家に帰るまで待って」

なんてメール時代は便利なのでしょう。私がほくほくしながら待っていると、数日後、「家に帰ったけれど、とにかく疲れちゃって。もう少し待って」、というメールを最後に、全然、音沙汰がなくなってしまいました。
最初は、彼も若くはないのに、忙しそうだし、病気にでもなっちゃったのかしら、などと心配しましたが、今ではもう、返事を期待していません。彼の、宿題嫌いの性格を思い出したのです。

「○○には行ってるの?」、「いや、あそこはレポートを出さないから、もう行かない」。
「△△は?」、「あそこはassignmentがあるからだめ。ぼくはレポートを書きたくないから」。
人がレポートを出さないのは受け入れられないのに、自分はレポートを出したくないって、矛盾していません?いえいえ、人間は、矛盾した存在なのです。

というわけで、この実の名前は当分わかりそうにありません。
実が熟すと、毒々しいほど赤くなります。




しかし、それはいっときで、乾燥すると赤い色はすっかり退色してしまいます。1ヶ月以上経った今では、こんな色になっています。種は、シルバー色で、ビロードのような、すてきな肌触りです。

2010年2月23日火曜日

ひょうきんな豆



後生大事に莢を取っておくと、勝手にはじけてしまうものもあります。これって何? 全然覚えがありません。マメ科の豆だってことだけはわかるのだけれど。




それにしてもこの豆、よく見るとひょうきんな顔をしています。ちょっとあっかんべーをしたような。

2010年2月21日日曜日

また、滝の石 



我が家の裏山を少し登ると、滝があります。500メートルほどの低い山なのに、一年中水が枯れることがなく、豊かとまで言えませんが、途絶えない水量があります。
井戸の水も、田んぼの水も、全部山の水のおかげですから、本当にありがたいことです。

冬のあいだは、滝まで散歩しても、あまり水の中に手を入れて、をさがしてみる気はしませんが、それでも水量がとても少ない今ごろ、暖かい日は、水に打たれて丸くなった石を、ちょっとさがしてみたりします。

左上の、層が模様になった石、一番気に入っています。右上の、小石の詰まった石もおもしろい。
ちょっと大雨が降ると、小石は容赦なく流されてしまいますし、流されずに残った石も、私に拾い尽くされた感もありますが、まだまだ楽しんでいます。

2010年2月20日土曜日

たぶん ヤシの種



長さ1センチほどの小さな種、たぶんヤシの種ではないかと思います。おもしろいのは、涙のような、洋ナシのような形の種が、丸いものを縦半分に切ったみたいに、片面がすぱっと平らなこと。二つずつ、仲良く入っていたのでしょうか。
ヤシの木の下に落ちていたのですが、色んなヤシが混じっていて、ヤシって葉っぱも似ているし、ヤシではないかもしれないし、通りがかっただけだったので、ぐずぐずできなかったしで、不明です。

2010年2月19日金曜日

ラッタナキリの竹



拾いものではなく、どちらももらいものです。

上は、お正月の餅花飾りをするために、近所のたけさんにいただいた真竹ですが、下は、カンボジアの最北端の県、ラッタナキリの村で、以前いただいた竹です。ラッタナキリの竹は、真竹と比べると、節の間隔がずっと離れていることがわかります。節から節まで、91センチもあります。

東南アジアは竹の宝庫です。株立ちの竹を見たときは驚きました。身が中まで詰まっていて、空洞のない竹を見たときも驚きました。逆に、サラワクの熱帯林で、太い空洞の中に水を蓄えていて、喉が渇いたらいつでも切って飲める竹にも驚きました。しかし、ラッタナキリの、節の間隔が長い竹にも、びっくりしてしまいました。

この村は、戸数の少ない、森の中の村でしたが、どの家(というより小屋)の入り口にもこの竹が、5~10本立てかけてありました。写真のものは両端に節がついていますが、村のものは片方だけ節を残しています。立てかけてある竹の中をのぞくと、水が入っていました。

見ていると、水浴びしたり洗濯したりしに、近くの渓流に行くとき、家の人は空いている竹を一本ずつかついで出かけます。そして水を汲んできて、また入り口のところに立てかけておきます。竹一本分の水だと、お年寄りでも、小さな子どもでも、楽々かついで帰れます。帰ってから貯水タンクに移す必要もありませんし、竹は毎回渓流で洗えるので、清潔です。そのシステムには、感心してしまいました。




ラッタナキリの他の村で、竹ではなく、たくさんのひょうたんに水を入れて、蓄えていました。
私がひょうたんを欲しがると、おじさんは少し渋りました。けっきょく、くれることになりましたが、おじさんは念を押しました。
「いいか。絶対にひょうたんを空にしておいてはいけないよ。いつも、必ず水を満たしておくんだよ」。

たぶん、空にしておいたひょうたんにカビが発生して、次に水を入れて飲んだときに、カビのせいでお腹をこわしたり、もしかしたら小さな子どもが命を落としたりしたことがあったのかもしれません。管理上の難しさから、おじさんはひょうたんをくれるのを渋っていたのでした。

ラッタナキリは広いのに、一人のお医者もいない県です。村では、お産で母子ともに命を落とすことは多く、子どもが5歳以上に育つのも、なかなか難しいことなのです。私はラッタナキリは数度しか訪問したことはありませんが、悲しいことに、行くたびにお葬式に遭遇しました。

左の、模様の彫ってあるひょうたんは、私より以前にラッタナキリを訪れた友人からプレゼントされたものです。市場で買ったものだそうです。




これはひょうたんの蓋です。木の葉でできているのですが、なんて素敵な蓋でしょう。蓋だけ見ても惚れ惚れしてしまいます。

2010年2月18日木曜日

トチの実



小さいころを、岡山県の倉敷で過ごし、中学以後は東京の下町で大きくなったこともあり、どちらかと言えば北の地に生える、トチの木にはまったく無縁でした。

だから、トチの木の存在を知ったのは、ずいぶんあとのことだったと思います。学生時代、東北を旅していて、車窓から、山の中に美しい花が見えると、それがトチの木だったり、ホウの木だったり、あるいは季節は違いますが、辛夷の木だったりしました。
トチの木は、花が美しいだけでなく、木の姿もいいので、植木屋さんをまわってさがし、我が家にも植えました。植木屋さんの自宅の、大きなトチの木の下に実生していた細い苗をいただいて、5年ほど経ったでしょうか。すでに、3メートルくらいに成長しています。

この実は、成田市三里塚にある、御料牧場で拾ったものです。御料牧場には、それはそれは高いトチの木がたくさん生えていて、すごく素敵です。我が家のトチも、100年もしたら、あんなに大きく育つのでしょうか。

2010年2月17日水曜日

ヴェトナム戦争の落し物



ラオスの村に行くと、ナパーム弾の残骸を立てて柱にし、高床の家をつくっているのを、見かけることがありました。1990年ごろのことです。なんてたくましいと、見るとつい笑いそうになりますが、アメリカに情け容赦なくナパーム弾を落とされたこと、民族を分裂させられて、内戦を引き起こさせられたことなど、ヴェトナム戦争は、まったく笑いごとではありませんでした。

おおかたの金属は、拾い集められて、再利用されたり、再生されたりしたのでしょうけれど、ちいさな薬莢(と言うのでしょうか)は、誰も拾わないとみえて、村のあちこちに落ちていました。
珍しいものが落ちていると、ついつい拾ってしまう私。ヴェトナム戦争の記念品として、たいせつに持っています。

2010年2月16日火曜日

ナンバンアカアズキ その2



クラビの友人の家は、もともとの森だったところを、大木を残して開発し、宅地にした一角にあります。広い敷地には、もとからの木もあり、あとから植えた木も大きく育っていました。
ナンバンアカアズキの木もありました。ナンバンアカアズキの実は、くるくるっとスパイラルになった莢に入り、季節になると、下が赤く染まるほどの種を落とします。




種が落ちる季節はとっくに過ぎていまたが、木の下を丹念にさがしてみると、残っていた種が見つかりました。ところが、どれも、とてもとても小さな種でした。
右がクラビで拾ったナンバンアカアズキの種です。左の以前に拾ったものと比べると、その小ささがわかります。同じ種とは思えないほどです。以前拾ったものは、幅が8ミリほどありますが、クラビのものは、4ミリほどしかありません。
きっと潮風に、あまり強くない木なのではないかと思われます。




40年ほど前、アフガニスタンがまだ内戦状態になってなくて平和だったころ、パキスタン、アフガニスタン、イラン、トルコとまわるツアーに参加した友人がいました。これは、彼からお土産にもらった、ナンバンアカアズキの種の中をくり抜いて、象牙(象の骨)でつくったミニチュアの象を入れ、やはり象牙でつくった蓋をしたものです。幅は8ミリですが、蓋は豆に開けた穴の形につくられていて、ぱちんとはまります。

1ドルが360円の時代でしたが、確かツアーの代金が当時の年収ほどの、85万円だったことを聞いて、「ひゃー」とびっくりした覚えがあります。辺鄙な各所はチャーター機でまわる、豪華な旅だったようでした。




めったに開けたことがないのですが、写真を撮ろうと、開けて中身を出してみました。小さくて薄い象が、31匹も入っていました。手ではつかめないほどの大きさですが、どうやって細工したのでしょう。全部、足や鼻が彫り抜いてあります。

1998年でしたか、ニューデリーの友人を訪ねたとき、おみやげ物屋に同じようなものを売っていたので、懐かしくて買ってみたことがありました。でも、大きくて分厚く、雑なつくりの象が、5、6匹しか入ってなくて、がっかりしました。やはり、手仕事の技術はどこでも確実に低下しているようです。

もっとも、私につくれといわれたら、蓋の象さえ小さすぎてつくれませんが。
写真を撮り終えて、種の中に象を戻すときは一苦労でした、ピンセットでもつかめなくて、薄い紙に乗せて、何度かすくい入れ、やっと収めることができました。

右が以前から持っていたナンバンアカアズキ、右下がクラビのものです。ナンバンアカアズキは変色しないと言われていますが、お土産のもの、久し振りに出してみたら、すっかり深い色になっていました。

2010年2月15日月曜日

オオゴチョウ



緋色から濃い黄色の、美しい花や、小ぶりの木の姿が好まれるのか、西インド諸島原産のオオゴチョウ(Caesalpina pulcherrima Linn.)、は、庭園木として、熱帯のどこででも見られます。
浜辺の近くでは、潮風が強いことから、育つ木も限られますが、オオゴチョウはあちこちに、元気に育っていました。




花の写真も撮ったと思ったのに、残念、見当たりません。
この豆ちょっとゆがんだ形をしていて、縞々模様がついていて、なかなかおしゃれです。

2010年2月14日日曜日

猿面さん



昔々拾った実です。猿の顔のようだったので、「猿面さん」と呼んで愛でていたのですが、久し振りに出してみると、いよいよ乾燥して反り返って、もう分解寸前になっていました。

丸くてかわいい面影はすっかりなくなりましたが、なにか不気味さがただよう、赤塚不二夫のキャラクター的な顔つきになってきています。

2010年2月13日土曜日

タキアン



タキアン(hopea odorata)は、すかーんと高い、直径が1メートルにもなる、とても美しい木です。タイ語でタキアン(灯火)と呼ばれるくらいですから、その樹脂はよく燃えて、電気がないころは明かりにしました。また魚網に塗って強くしたりと、人々にとって、とても重要な木でした。しかし、今では、木の幹を少し彫って、中で火を焚いて樹脂を採るので、どんな木からも樹脂を採ることは、一切禁止されています。そのことで、木そのものを枯らせたりはしない知恵を、人々が持っていたというのに、ちょっと残念です。

友人の家の近くに、タキアンの、緑の種が落ちていました。ちょっと季節には早すぎるのですが、すっかり熟れて、乾いた実は落ちてないかと、タキアンの木の下を通るたびに、うろうろさがしました。




すると、やっと一つだけ見つかりました。実はあまり熟してないようですが、これならしなびないので、大切に持って帰りました。

そして居間で、ほかの種などと一緒に、笊に広げて干していましたら、ある夜、トラ(猫)が鳥と間違えたのか、羽をもいで、ばらばらにしてくれていました。トラを責めるわけにもいきませんが、ちょっと残念でした。

2010年2月12日金曜日

浜の贈り物



もう二夏も前、真鶴の友人の家を訪ねたとき、ほんの20分ほど、近くの浜に行きました。
そのとき拾ったのが、ガラスや瀬戸物のかけら。小石の浜でしたが、いろんなものが落ちていて、楽しめました。




完全な形のビンも落ちていました。化粧品のビンのようでした。いったん拾って、持って帰ろうかどうしようか悩みましたが、生々しい感じがして、置いてきました。ビーチコーマーさんたちのブログをのぞいている今だったら、絶対拾って来たと思います。




碍子は、往時の面影を残していました。というか、碍子とわかるだけですが。
やっぱり電気関係ではないかと思うのですが、なんだかわからない磁器もありました。





大好きなのはこれ、魚網の重石でしょうか。これを見ているだけで、魚網の端に並んでついていて、かちゃかちゃとぶつかる音が聞こえてきそうです。そして、漁港の匂いがしてくるような懐かしさです。





皿やちゃわんのかけらもありました。




そして、かわいい貝もありました。待てよ、右の紫の貝、真鶴からきたのかなあ。もしかしたら、別のところからきたものが混じってしまったのかもしれません。左はマツバガイです。

2010年2月11日木曜日

クラビの貝



砂浜のそばに5日もいて、拾った貝はたったのこれだけでした。
しかも、左下の黒いやつ、以前友人に白いのをもらったので、ペアでちょうどいいやと思っていたのに、帰りの荷物の中で、割ってしまいました。残念。

マテガイによく似た細長い形の、殻が透けて見えるくらい薄く、きれいな紫色をした貝を何度か目にしました。けれども殻が薄すぎるのか、たいてい欠けていました。欠けてないものを見つけよう、なんて拾わずにいたら、とうとう見つかりませんでした。

2010年2月10日水曜日

薄い種の入った船



タイ語でペカーと呼ばれる薄い種(Oroxylum indicumは、固い舟(莢)の中に、比較的薄い被いに抑えられて、ひしめき合って入っています。ある日、覆いはぱちんとはじけ、白くて薄い羽を持った種は、舟に別れを告げ、風に乗って飛び散っていきます。




舟(莢)は、種をできるだけ遠くに飛ばしたいのか、たいてい高く伸びた枝の先にぶらさがっています。




種の羽は薄く、空も透けて見えるほどです。




そして、役目を終えた舟は、いつまでも堂々とした姿を見せています。

2010年2月9日火曜日

クラビの浜



クラビへの旅で、たった一つ思い残したことは、川も見たかったなあということです。クラビの町は、わりと大きな川の河口に発達した町なのです。

私の祖母は瀬戸内海の漁師町生まれ、母も小さいころ港町に住んでいたので、私の中には「海好き」のDNAがあるのですが、私自身は川のほとりで育ったので、なんといっても川は大好きなのです。





ある朝、クラビの砂浜で、拾ったり拾わなかったりしたものです。浜の反対側からかどこからか、ヒルギ(右下と左端)も流れ着いていました。




珊瑚のかけらは、そこいらじゅうに転がっています。




ホウガンヒルギもよく目にしましたが、たいてい、虫に食われていました。



そして、魚も転がっていました。

2010年2月8日月曜日

拾いものの額



拾ったものを額にしたてたのは、この豆が最初でした。タイの額縁屋さんで額装してもらっていますから、古いもの、30年ほど前のものでしょうか。おたまじゃくしのしっぽのような豆がおもしろくて、つくってみました。
なんという木の実でしょう。Cassiaの種類だとは思うのですが、拾ったときのことも覚えているのですが、なにだったか、忘れてしまいました。




羽の部分が薄い、薄い種(Oroxylum indicum)です。




かんきつ類の葉っぱも、なかなかの造形的です。




そしてバウヒニア、絵になります。




とうもろこしと豆のは、拾ったものではありません。息子とNさん、二人のペルー土産を一緒にして額につくったものです。台所にぴったりの額だと思うのですが。

2010年2月7日日曜日

砂浜の芸術家



クラビの砂浜の小さなカニたち、潮が満ちてくれば必ず洗われてしまう砂の上に、来る日も。来る日も、美しい絵を描き続けていました。



2010年2月6日土曜日

トキワギョリュウ



トキワギョリュウの実です。

その昔、バンコクに住んでいたとき、市外を出て、すぐに目にするのは、田んぼや畑の境界線に植えられた、一直線に並ぶ、トキワギョリュウ(モクマオウ、Casuarina equisetifolia)でした。マンゴーのように丸っこい樹形の木の好きな私は、背ばかり高く、葉も枝も疎な、ひょろひょろしたトキワギョリュウには、全然関心を持ちませんでした。

何年もたって、塩害に強い木を調べていたとき、トキワギョリュウは塩害に強い木であることを知りました。また、松のように細い葉ですが、常緑広葉樹であることも知りました。
植生の貧しくなった地域で、塩害は深刻です。塩で汚染された土地や、海岸でも育つ木であるということは、それだけで素晴らしいことなのです。

もともとはマングローブやニッパヤシが海岸線の侵食を防いでいたのですが、今では、モモタマナやトキワギョリュウも、東南アジアのあちこちの海岸で土壌浸食を防いでいます。マングローブやニッパヤシに比べると、その周辺の環境を選ばない、どこでも育つモモタマナやトキワギョリュウは、人々にありがたがられています。

というわけで、どんな砂浜にも、モモタマナやトキワギョリュウの実が転がっています。




これは、クラビの町から来たときの船着場。手前がモモタマナで、その奥に見える、細い葉っぱがトキワギョリュウです。