2014年3月7日金曜日
コインの楽しみ、エンクルマ
私たちがガーナに行ったのは、クワメ・エンクルマ(ンクルマ)大統領がクーデターによって失脚して、海外に亡命した年でした。
そのため、当時のコインには、全部に、まだエンクルマの肖像が刻んでありました。
上の写真の裏(表?)ですが、左は1958年に製造され1ペニー、右は1965年に製造された10ペソワスです。
1960年に、たくさんのアフリカ諸国が独立しました。それに先駆け、ガーナはアフリカの中では最も早い、1957年に独立を果たしています。その独立の父がエンクルマです。
ガーナには40ほどの民族グループがありましたが、エンクルマは、少数民族グループの出身でした。大きな民族グループたちをうまく融合させ、工業化へのかじ取りをしていたはずですが、為政者の多くが陥るように独裁に走り、結局は失脚、失意の中で異国で亡くなりました。
1966年にクーデターが起こったのですが、左はクーデター以前の、右はクーデター以後のコインです。
1967年製造の1ペソワの裏(表?)は、エンクルマの肖像からドラムに代わりました。
これもクーデター以後に製造された、20ペソワス。
裏(表?)には、ガーナの輸出品目の上位を占めているカカオが描かれています。
ケニアのジョモ・ケニアッタは今でも慕われています。
クワメ・エンクルマが復権する日が、いつか来るでしょうか。
2014年3月6日木曜日
コインの楽しみ、タイ
タイのコインです。
上から10バーツ、5バーツ、2バーツ、1バーツ、50サタン、25サタンです。
右は現在流通しているもので、左は30年ほど前、家族でバンコクで暮らしていたころのものですが、まだこちらも使えると思います。
右一番上の10バーツコインができたのは、もう20年も前のことでしょうか。上から三番目の2バーツコインは、今回タイに行ったとき初めて見ました。
これらはすべて記念コインです。
タイのシンボル的な絵が描かれ、裏(表?)にはプミポン国王や、 国王の母上、子どもたちが描かれているものもあります。
そして古いコイン。製造年がなくても、額面で古さが想像できます。
これは、全部1バーツです。右上が現行、その左が、そのひとつ前の1バーツです。
下の二枚も1バーツですが、厚みがあります。
30年前は、1バーツ=約12円でしたが、今は1バーツ=約3円、1バーツの価値がなくなるにつれて薄く、軽くなっている感じです。
王様がラーマ9世でないコインも古いものとわかります。
このタイのコイン(右)は、イギリスの1ペニーのコイン(左)に酷似しています。
偶然ではないでしょう。タイのコインもイギリスでつくられたものと思われます。当時、タイは西欧各国の植民地に囲まれた緩衝地帯にあって、独立を守り通しましたが、事実上はイギリスの植民地のようなものでした。
イギリスのコインには1905年とかいてありますが、タイのコインに書かれた数字と言えば、椅子の下の「133」だけ、額面ではなさそうだし、それが何を意味するのか、ちょっとわからないところです。
イギリスの1ペニーの裏(表?)は、おなじみのエリザベス二世ではなく、エドワード七世(1841-1910年)になっています。
タイの方はラーマ五世(在位1868-1910年)でしょうか?
どちらも100年以上前の、古い古いコインです。
1サタンのコイン。
現在の最低額のコインが25サタン(1バーツ=100サタン)ですから、古さがわかります。
10サタン、ナーガ(蛇神)の意匠が素敵です。
そして、タイのコインの中で好きなのが、この像のコインです。
25サタンですから、そう古いものではないのですが。
2014年3月5日水曜日
コインの楽しみ
やれやれ。
ちょっと国別に分けてみたコイン。それでぱっと片づけるというわけにいきませんでした。しっかり楽しんでいます。
J.F.ケネディーの記念コインも含めて、意外と多かったのが、アメリカのコインです。これはまだ、「お金」に見えます。
タイのコインも、「まだ行く国のお金」そのもの。使うお金のほかに、コインや切手を集めていたプラトンにもらった、記念コインや古いコインがたくさんあります。
アメリカやタイのコインの次に多かったのが香港やフィリピンのコインでした。 もちろん、どこかの国に行った時は、コインは使い切ることを心がけ、空港でお茶を飲んだりもするのですが、それでもたまってしまったコインです。
香港のコインはバランスがよく、美しく見えます。
当時はイギリスの植民地だったので、イギリスで鋳造したものでしょうか?
左の十円玉は、大きさの比較用です。
そして香港で面白いのが三枚重ねたようなコイン、かなりの厚みがあり立ちます。
立つと言えば、イギリスの1ポンドも厚みがあって立ちます。
財布がたちまち膨らみそうです。
コインは丸が基本ですが、四角形、六角形、八角形、花形などのものがあります。
左は、やはりかつてイギリスの植民地だったインド、真ん中がイギリス、右が香港。なにか似たものを感じます。
といっても、同じくイギリスの植民地であったケニアやガーナでは花形のコインは見ません。
そんな、アフリカの国々では独立以前は、宗主国のイギリスのお金を使っていたのでしょうか?
そのケニアのコインです。ケニアが独立したのは1963年ですが、ケニアで初めてのコインがつくられたのは、1966年です。
ケニアのコインには、独立運動の父であり、初代首相でもあるジョモ・ケニヤッタと、二代首相のダニエル・アラップ・モイの、二人の肖像のついたコインしかありません。左がケニヤッタ、右がアラップ・モイです。
アラップ・モイのコインは、1980年から2005年までつくられましたが、2005年以後はまたケニヤッタに戻されています。
左下は、ケニヤッタの肖像の1966年製造の10セント、左上は1967年製造の50セントです。
最初の頃、肖像の周りには文字がありませんでした。
それにしても、コインの大きいこと。
昔のお金は、押し並べて大きなものでした。
持っていたコインの大きさ比べです。
上段の左端のフィリピンの1ペソが一番大きく、直径が33ミリあります。
上段真ん中はイギリスの1ペニー、中段左からケニアの10セント、オランダの2.2/1ギルダー、アラブ首長国連邦の1ディルハム、下段左から、メキシコの1ペソ、ガーナの10ペソワス、中華民国の5円のコインです。
2014年3月4日火曜日
やっとジャムをつくりました。
昨年の9月4日、
「売りものにならないぶどうを集めておくから、よかったら取りに来て」
と言われて、おおばぶどう園に行き、ぶどうを洗ってジャムをつくるばかりになっていた午後、いちじくを採ろうと高い脚立に登り、脚立ごと倒れて背骨を損傷して、三週間ほど入院しました。
それ以来、一度だけぶどうジャムをつくりましたが、残りのぶどうは冷凍庫にしまったままでした。
入院していたのはいちじくの季節でもあり、夫はいちじく好きの私のために毎日いちじくを冷凍し、冷凍庫の中はぶどうといちじくで占領されていました。
退院当初は何もできませんでしたが、しばらくしてから少しずつ、いちじくやぶどうのジャムをつくりはじめました。一度につくろうにもビンが足りないこともありましたが、あまり砂糖を使わないので、冷凍のままの方が長持ちするのではないかと、少しずつつくったのです。
ぶどうは、いちじくジャムより手間がかかります。そのため、ついつい面倒で後回しにしていましたが、思い立って残りのぶどうを全部ジャムにしました。
3キログラムありました。
まず、皮と中身にわけます。
私が入院したときは夫もぶどうどころではなく、やっと冷凍したのは数日後でした。そのため、傷んでしまったものもありましたが、ほとんどだいじょうぶでした。
解凍したので、ちょっと水っぽくなっていて、煮る前に砂糖をまぶしておいて水だしする手間が省けます。
全部皮がむけたら、種を取り、種を取ったぶどうは、二つか三つにちぎって鍋に入れます。
普通、皮は色出しのために、布の袋か何かに入れて中身と一緒に煮るのですが、友人が夏ミカンジャムをつくるとき、種を別に煮るのに習って皮を別に煮てあとで一緒にします。皮だけでなく種も煮ます。
皮はぶどうの美しい色を出すためですが、種はペクチンを取るためです。少量(全体の4分の1ほど)の砂糖も入れて、10分ほど煮て漉し、煮汁をぶどうの鍋に加えます。
皮と種を煮たものは笊で漉しただけでもいいのですが、色がもったいないので、布袋に入れて絞ります。
ぶどうの中身と砂糖を入れた鍋に、皮の煮汁を加えると、とたんにおいしそうな色になります。
砂糖は全体の三割弱、ぶどうが3キログラムでしたから、850グラムほど使いました。あと、レモンの搾り汁も、二個分ほど入れてあります。
3キログラムのぶどうから、これだけのジャムができました。
おおばさんに、やっとおすそ分けできます。
「売りものにならないぶどうを集めておくから、よかったら取りに来て」
と言われて、おおばぶどう園に行き、ぶどうを洗ってジャムをつくるばかりになっていた午後、いちじくを採ろうと高い脚立に登り、脚立ごと倒れて背骨を損傷して、三週間ほど入院しました。
それ以来、一度だけぶどうジャムをつくりましたが、残りのぶどうは冷凍庫にしまったままでした。
入院していたのはいちじくの季節でもあり、夫はいちじく好きの私のために毎日いちじくを冷凍し、冷凍庫の中はぶどうといちじくで占領されていました。
退院当初は何もできませんでしたが、しばらくしてから少しずつ、いちじくやぶどうのジャムをつくりはじめました。一度につくろうにもビンが足りないこともありましたが、あまり砂糖を使わないので、冷凍のままの方が長持ちするのではないかと、少しずつつくったのです。
ぶどうは、いちじくジャムより手間がかかります。そのため、ついつい面倒で後回しにしていましたが、思い立って残りのぶどうを全部ジャムにしました。
3キログラムありました。
まず、皮と中身にわけます。
私が入院したときは夫もぶどうどころではなく、やっと冷凍したのは数日後でした。そのため、傷んでしまったものもありましたが、ほとんどだいじょうぶでした。
解凍したので、ちょっと水っぽくなっていて、煮る前に砂糖をまぶしておいて水だしする手間が省けます。
全部皮がむけたら、種を取り、種を取ったぶどうは、二つか三つにちぎって鍋に入れます。
普通、皮は色出しのために、布の袋か何かに入れて中身と一緒に煮るのですが、友人が夏ミカンジャムをつくるとき、種を別に煮るのに習って皮を別に煮てあとで一緒にします。皮だけでなく種も煮ます。
皮はぶどうの美しい色を出すためですが、種はペクチンを取るためです。少量(全体の4分の1ほど)の砂糖も入れて、10分ほど煮て漉し、煮汁をぶどうの鍋に加えます。
皮と種を煮たものは笊で漉しただけでもいいのですが、色がもったいないので、布袋に入れて絞ります。
ぶどうの中身と砂糖を入れた鍋に、皮の煮汁を加えると、とたんにおいしそうな色になります。
砂糖は全体の三割弱、ぶどうが3キログラムでしたから、850グラムほど使いました。あと、レモンの搾り汁も、二個分ほど入れてあります。
3キログラムのぶどうから、これだけのジャムができました。
おおばさんに、やっとおすそ分けできます。
2014年3月3日月曜日
2014年3月2日日曜日
コイン
一月にタイに行ったとき、引き出しからパスポートとともに、アメリカドルやらタイバーツなどを引っ張り出していたら、いろいろな国のコインが目に留まりました。
あちこちで少しずつ残って、一緒にしておいたものです。
「ねえ、このコインを持って行かない?」
今まで、入れたことはありませんが、各空港には使わなかったコインを入れる箱が設置してあります。
「なんか、Oが、コインを集めているって言ってたぞ。不用なのがあったら送ってくれって」
Oさんは、仕事のかたわら、長いことどこかの国のNGOを支援しています。
雨の日曜日、そのままになっていたコインをひっくり返してみました。Oさんにあげる前にとりあえず見てみようというのです。
いやはや、虫めがねを片手に見るコインはおもしろい。
今はなくなってしまった香港のコイン、1960年代のガーナのコイン、もう絶対使っていないはずのビルマのコインなどなど、タイの友人からもらった記念コインもたくさんあります。
当分、コインと首っ引きです。
2014年3月1日土曜日
犬の虫歯
犬のうなぎの左目の下がぷっくり腫れているのを見つけ、K先生に診ていただきました。
「虫歯ですよ」
犬の歯を磨いてやる人もいるようですが、そこまでは手が届きません。
即、半日入院して麻酔して歯を抜くことになりました。
うなぎはこれまで病気知らず、ついつい気がつかず、かわいそうなことをしました。
かつて、うなぎの母犬のアルシの口が臭くて、虫歯を抜いていただいたことがありました。
口臭はピタッと止まりましたが、犬は納得して歯の治療をするわけではないので、全身麻酔していただいて、一度に十本くらい抜きました。
そのアルシの抜いた歯を、一年かそれ以上土に埋めておいたのを掘り出し、漂白してとってあります。
今回、うなぎの歯は土に埋めないで、いきなり漂白剤に入れてみました。
左がアルシの歯、右がうなぎの歯です。
比べてみると、アルシの歯の方がまだ虫歯にやられていません。つやつやした部分が多く残っています。うなぎは歯が痛んだ日も多かっただろうにと、かわいそうでした。 犬も猫も辛抱強いことです。
上がアルシの歯、下がうなぎの歯です。
うなぎの方が身体が小さく、その分歯も小さめです。猫は、体重は犬たちと同じくらいですが、歯はもっと小さく、胡麻粒くらいです。
こんなにたくさんの歯を抜いても、人と違って犬の表情は変わりません。
食べるのも、リンゴくらいは噛んで食べますが、あとはだいたいまる飲みしてしまうので、そう不自由はなさそうです。
登録:
投稿 (Atom)