2019年5月9日木曜日

茜の根


今年もアカネがあちこちに伸びてきました。


とげとげの葉、とげとげの茎をどこにでもひっかけて、上へ上へ、横へ横へと伸びていきます。
いつも、抜こうとすると柔らかい茎が簡単に切れて、根は残ってしまいます。


ところが、珍しく根の近くまで切れないで抜けたアカネを見てびっくり、
「赤い!」
アカネの根(に近い茎)ってこんな色をしていたのです。


もちろん、この茎の部分で染めるのではなく、根を掘ったものを乾燥させて茹でて使います。


掘りためて乾燥させたこんな根を、煮出して染めると、


こんなにきれいな色に染められるそうです。
アカネや紅花でこんなにきれいな赤が染まるのに、ご朱印船の時代はどうして南方から蘇芳(すおう)を輸入していたのかとも思いますが、赤の質が違うだけでなく、絶対量が足りなかったのかもしれません。
どこかで、山形の紅花の俵一俵は、米一俵よりずっと高かったと読んだ記憶があります。








2 件のコメント:

かねぽん さんのコメント...

こんにちは。
紅花は加工されて紅餅という形で取引されていました。お米も紅餅も生産地や年によって相場は変動していましたが、山形の紅餅は平均すると一駄(約120kg)で45両位だったそうですから、おっしゃるとおりお米よりは大分高かったはずです。
ちなみに「紅一匁、金一匁」とかいう言葉がありますが、この場合の「紅」というのは紅餅をさらに加工した製品ですから、当然高価になるわけです。

さんのコメント...

山形のかねぽんさん
情報をありがとうございました。
じつは私が生まれて初めて紅花を見たのはエチオピアでした。今のように山形のアンテナショップで紅花が売られているということもなく、現物は見たことがなかったのですが、エチオピアの村の道端に生えているのを見て「わぁ、これは紅花だ」と思い、採集(笑)したのですが、昔のことでなくしてしまいました。
当時は、紅花の原産地がエチオピアで、日本には5世紀に中国経由できたなんて、まったく知りませんでした。

紅餅は京都に送られ、西陣あたりで染められ、特権階級だけが「赤い布」を身に着けることができたのでしょう。人々は昔から、「美しい」ということにはとっても貪欲だったのだなぁと、改めて思わされます。