2009年6月24日水曜日
鉄くず
夫と一緒に町の鉄工所に行ったときのこと、H鋼の加工を頼んでいる夫は放っておいて、雨が降っていたというのに、私は敷地に落ちている鉄くず拾いに夢中になってしまいました。規則的な形をした鉄くずで、なんとなくかわいいじゃありませんか。
後で、事務所から出てきた社長さんの話によると、これは鉄板の接合材の切れ端だそうです。建物など、厚い鉄板と鉄板をつなぐとき、しっかりつなげたかどうかをハッキリさせるために、接合材の端がぽろっと落ちるしくみになっているのだそうです。
赤っぽい鉄くずと、黒っぽい鉄くずがありました。なににするという目的もないのに、ついつい拾ってしまう私....。後ろにあるココナツの入れ物にいっぱい拾ってしまいました。
2009年6月22日月曜日
2009年6月19日金曜日
ユーカリ
小さい頃、私と弟は祖父母に預けられていました。祖母は小説や雑誌は子どもの敵と思っているような人で、我が家には子ども向けの本などまったくありませんでした。ですから、欲しいだけ本を買ってもらえるいとこの家に行くのが、それはそれは楽しみでした。
バスを乗り継いでいとこの家に着くと、挨拶もそこそこに、私と弟は本棚の前に座り込んで、新しい本を隅から隅まで読みました。ついに読む本がなくなってから、やっと腰を上げて、いとこと遊ぶのでした。
いとこの家の前は小学校で、校庭には太いユーカリの木がありました。ユーカリの木はとても珍しく、あたりには独特の香りが漂っていました。
時は過ぎて学生時代、美術史の時間だったか、なぜか葉っぱの話になっていて、「左右対称でない葉っぱを知っているかい?」と先生に質問され、手を上げて「ユーカリの葉」と答えたことがありました。当時はユーカリもほとんど知られてない時代でした。
その後、仕事を通して、東南アジアやアフリカで、何十種類ものユーカリと出会いました。ひょろひょろしているの、どっしりしているの。大嫌いなユーカリもありましたが、好きなユーカリもありました。ユーカリは、交配種も含めると千種類を越えます。
真鶴で、友人が古い家を借りているのですが、その庭には大きなユーカリが何本もあります。日本で個人の庭にユーカリを植えてあるのは、初めて見ました。なにせ巨木になりますから、庭が広くないと植えられません。
大きい方の実(直径2センチくらい)は、その友人宅で拾ったものです。でも、小さい方はどこで拾ったのでしょうか?いつのまにかありました。いつまでもいい香りがしています。
2009年6月16日火曜日
菩提樹
いろいろな木が菩提樹と呼ばれています。
お釈迦様が悟りを開くために座られたのは、ヒンドゥーの主要三神である、ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァ神の住むというインドボダイジュ(Ficus religiosa)の木の下でした。そして、7日後に移られたといわれているのが、もっと大きなベンガルボダイジュ(Ficus benghalensis)の木の下です。
こんもり丸いインドボダイジュも、枝を大きく広げたベンガルボダイジュも私の大好きな木です。ベンガルボダイジュはとくに巨大で、スリランカでしたか、枝を広げた範囲が1キロ四方にもなっているそうです。枝の途中から出てきた根が太くなり、つっかい棒の役目を果たして枝を支えるので、どんどん横に広がっていけるのです。
どちらもイチジクの仲間で、たくさんの実がなって、たくさんの小鳥を養います。鳥が運んでそこここに新しい木が生えるのですが、聖なる木ですから、切ったり抜いたりはしません。そのため、カルカッタなどでは、古い建物の屋上や窓の脇からたくさんの若木が育っていましたが(20年ほど前のことです)、生活が著しく変化したであろう今では、どうなっているのでしょうか。
インドの数珠は、ジュズボダイジュ(ルドラークシャ、Elaeocarpus sphaericus)の実でつくります。私も探せば持っているのですが、まだこの地に越してきてから荷物を全部解いてないので、どこにあるのか...。またの機会に譲ります。
写真の実は、♪泉のほとりに、繁る菩提樹♪と歌われた菩提樹(Tilia platyphyllos Scop.、シナノキ科シナノキ属)の実です。 ヨーロッパ原産でしょうか。小さい実は私がどこかで拾ったもの、大きい実は友人が奈良で拾ったものです。まるでハナイカダのように葉から実がなっているように見えますが、葉のように見えるものは葉ではなく、果序です。
2009年6月14日日曜日
メコン川の石
カンボジアはメコン川下流域にある国です。もちろん最下流はヴェトナムですが、全長4,600キロメートルのメコン川からすれば、カンボジアは下流域となるのです。
メコン川の水位は、プノンペンで、雨季と乾季では8メートルくらいの差があります。雨季に飛行機からカンボジアを見ると、もう水浸しで、どこに人が住んでいられるのかと思うのですが、地上に降りてみると、人は水と水のあいだでちゃんと暮らしています。しかも、大小の舟で、乾季より行動範囲が大きくなったりします。
カンボジアに住んでいたとき、どの県を訪ねても小石を拾うのが楽しみでした。とりわけ、メコン流域の地域では、道でも、県庁の敷地でも、どこでも、小さな石がそこいらじゅうに落ちていました。
メコン川でもまれた丸い石は、宝石のようです。拾わないでは通り過ごせません。いっぱい持っているのに、ついつい、また拾ってしまいます。舗装されているプノンペンの町を歩いているときさえ、どのあたりにいい石が落ちているか知っていて、ついつい素通りはできないのでした。
上流や下流の町に行くために、何度も何度も舟でメコン川を下ったり上ったりしました。広いところは川幅が1キロもあって、両岸が見えません。川イルカが生息しているところもありました。
私は川のほとりで育ったので、川のほとりに住みたいと願っていましたが、今は山の中に住んでいます。今住んでいるところは山も木もきれいで申し分ないのですが、「ああ、我が家の目の前にメコン川が流れていたらなあ」というのが、私の欲張りな、かなわぬ愚痴なのです。
2009年6月2日火曜日
ナンバンアカアズキ
ナンバンアカアズキ(Adenanthera pavonina)との初めての遭遇は、友人のお土産でした。まだ、海外への渡航が制限されて難しいころ、友人はインド、パキスタン、内戦がはじまる前のアフガニスタン、トルコなど、誰も行ったことのないような国々へのツアー(月収の何倍?とても手の出ないような高いツアーでした)に参加して、ナンバンアカアズキに象の骨で、小さな小さな象を彫った蓋をつけ、蓋を開けると、中には薄くて小さい縦横3mmほどの象が10頭くらい入っているお土産をくれたのでした。
その飾り物は、もちろん今でもたいせつにとってあるのですが、なにせあまりにも小さくて、どこに入れたか、ときどき遭遇するのですけれど、「今、見たい」と言って簡単には出てくるものではありません。
その後インドで、私も同じつくりの象を見たり手に入れたりしましたが、時代も違っているせいか、象の彫り方も雑、中に入っている象も厚みが厚くて、少ししか入っていませんでした。
それから、何回かナンバンアカアズキとは出会ったのですが、はっきり思い出せるのはマレーシアでの情景です。確かクアラルンプールの町中、バスを待っていたのですがふと見ると、街路樹がナンバンアカアズキで、歩道に赤い実がいっぱい落ちていました。
もちろん、夢中で拾ってしまいました。
ナンバンアカアズキは何年たっても色が落ちません。とてもかわいい種の筆頭に挙げられる種だと思います。
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