2011年6月30日木曜日
2011年6月29日水曜日
飛び出したアヒル
日差しが強くて、外に出るのを躊躇ってしまいます。
それでも、ちょっとでもと、玄関先の石を敷いてあるあたりの草むしりをはじめました。
石の間に、何かあります。
拾いあげてみたら、焼き物のアヒルでした。
どうしてこんなところにいるの!
タイの国道をバンコクから東北へと走っていると、コーラート高原のあたり、道の両側に焼き物の窯元が並んでいます。
その昔は、植木鉢や、素焼きのままごとくらいしかつくっていなかったような気がしますが、年々おしゃれな焼き物をつくるようになり、庭に設置する巨大なオブジェから、手のひらにすっぽり収まる小さなミニチュアまで、競って展示していました。
外に落ちていたのは、そのコーラートのミニチュアの動物の中の一つでした。
動物たちは、玄関、土間、二階と、あちこちに分散して飾っているのですが、アヒルは一番近い玄関の棚からきたと考えられます。
案の定、印刷用の文字を入れていた引き出しを利用した棚の、左下に外で見つけたのと色違いのアヒルがいます。
3月11日の地震のときには、この棚の中のものたちは全部飛び出しました。しばらくして元通りに収めたのですが、大きい余震では、再度、再々度飛び出して、棚の上や床に転がっているものもありました。
アヒルも落ちて、気づかれないで掃き出されたのでしょう。
それにしても、欠けていないし、土の中から見つかるとは、なんと幸運なアヒルでしょう。
空っぽの棚があったので、そこに収めました。
2011年6月28日火曜日
ゾウムシ
2011年6月27日月曜日
ホオの実
2011年6月25日土曜日
墨田の花火
二年前、私と母との間に、紫陽花「墨田の花火」がブームになりました。
妹の家から花をもらってきて、挿し木しては、ついたつかないと騒ぎ、根が出た苗を交換して枯らしてしまったりして、ひと夏、「墨田の花火」で盛り上がりました。
昨年の母の日のプレゼントは、迷わず「墨田の花火」でした。そして、母にだけでなく、自分にも一鉢買いました。
母に贈った「墨田の花火」は、夏になると花が終わり葉だけになりましたが、土に下ろした我が家の株はどうしたわけか、小さいながら次から次へと花をつけ、とうとう霜が降りる11月まで咲き続けました。
「墨田の花火」を植えた場所の近くに、初冬から半年ほど材木を積んでおきました。そのため、風通しも日当たりも悪くなり、材木をどけてみると、「墨田の花火」は葉が虫に食われ、ひょろりとしていました。
ちょっとだけ心配しましたが、風が通るようになったら持ち直し、ちゃんと咲いてくれました。
やっぱり素敵です。
もう一本ありますが、そちらは今年は咲かないつもりのようです。
2011年6月24日金曜日
玉虫の季節
ちょっと他のことをやっていると、雑草が伸び放題になります。
めんどうだから、放置しておけばどうでしょう?
元の木阿弥、せっかく切り開いたのに、また篠竹と葛の壁ができてしまいます。これではうっとうしいから、あまり力大きく育たないうちに、刈ってしまうに限ります。
手前は、何年かかかって切り開いたところです。奥の一角も、毎年少しずつ刈って入るのですが、なかなか進みません。
あっ。ここは、実は他の人の土地です。
やっぱり、草を刈ると気持ちがいいのです。
こちらは我が家の庭です。
草を刈っていたら、ネギにとまっていた、今季初めての玉虫を見つけました。
私は生きた玉虫を捕まえると、笊をかぶせて天寿を全うしてもらいます。
あまり玉虫の生態はわかっていないらしいのですが、成虫になると、ほとんど何も食べないとか、ケヤキの葉を食べることもあるというので、ケヤキの葉も笊の中に入れてやります。
そして命を落としたら、コレクションに加えます。
「かわいそうに。死んでから拾えばいいじゃないか」
と夫。
しかし、死んでからは、分解者であるアリなどより早く見つけることはほとんど不可能で、すぐに内蔵を食べられ、頭をちぎられてしまいます。
知らない間に、玉虫コレクションが増えていました。
夫も私と同じようにして手に入れたとばかり信じていましたが、そうではなく、アリよりも早く拾ったそうでした。
2011年6月23日木曜日
バナナよ育て!
陶芸家のMさんからいただいたバナナです。親木(実際には木ではなく草)のわきから若苗が育っています。若苗は何本か猪にアタックされて折れてしまいましたが、それにもめげず、次から次へと出てきました。
庭にはどちらかと言えば在来の植物だけ、しかも園芸種ではなく、できるだけ原種を植えるのが好きな私ですが、ことバナナに関しては、話が別です。
数年前の陶器市で、陶芸家のIさんがお皿にバナナの花を入れて飾っていたのを見て、このあたりでも花を咲かせることができるのを知りました。
そこで、もともとはIさんから株を分けていただいたというMさんに、数年前に株分けしていただきました。
熱帯の植物ですが、Mさんの家からついてきた蕗と一緒に育っているのが、ご愛嬌です。
バナナの花は、ほろ苦く、かすかな酸味も感じられます。写真はタイのクロントイ市場で売られていたバナナの花です。
タイ料理のクィティオ・パッタイには、バナナの花を薄切りにした薬味が欠かせません。
今年の春の陶器市に、パッタイのお店が出ていました。うんざりするほど長い行列ができていましたが、パッタイ好きの夫は並びました。そして待つ間、次々と持ち去られるおそばをしげしげと観察しています。時間が経ち、夫の番が近くなってから、離れていた私を、手招きしています。
行ってみると、
「なんかちょっと違うか?不味そうかな。やめようか?」
と、ヒソヒソ声で相談します。
「そうねぇ。でもせっかく並んだんだし、ただの焼きそばだと思って食べてみれば」
と、無責任な私。
夫は、とうとうあきらめて列を離れ、前後の人から怪訝な顔をされていました。
確かに、おそばの太さが違っているようでしたが、パッタイにつきものの脇役もありませんでした。パッタイには、バナナの花は無理としても、ピーナツの刻んだもの、唐辛子の粉、ライム、砂糖などがつきものです。
もっとも、バナナの花だって、アメ横に行けば手に入りますから、絶対無理というわけでもありません。
一口にバナナの花といいますが、赤みがかった紫色のところは包葉で、このマグネットの左上に並んでいる細いもののの先についている、小さな白いのが花です。そして、この細いものが、一本一本のバナナに育ちます。
『原色牧野和漢薬草大圖鑑』の絵を見ると、もっとよくわかるでしょうか。
バナナが実るまでには、12ヶ月以上かかりますので、その間に冬が来てしまう日本では、熟れた実は、温室でもつくらないかぎり、収穫できません。
でも、バナナの花なら咲かせられます。
おいしい、クィティオ・パッタイを食べる日を目指して、今日もバナナを見ています。
2011年6月22日水曜日
ブルーベリー
うっかりしていると、すぐにそこいらじゅう草ぼうぼうになってしまいます。
あっちを刈っていればこっちが伸びるし、こっちを刈っていれば、別のところが伸びるし...。
でもそのおかげで、いろいろなものを見つけます。
久しぶりに見たブルーベリーは、早生りの種類の実が、すっかり熟れていました。
他の種類は、まだまだ熟れていません。
早速いただきました。
おいしい!!
でも喜んでいる場合じゃありません。この木は三年前からほとんど成長していません。
ほかにも、日陰になっている時間が長いブルーベリーの木は、なんだか実のつきがよくないようです。
これらの問題を根本的に解決するためには、まわりの大きな雑木を切ってしまわなくてはなりません。
あ~ぁ、大仕事です。他にもやらなきゃならないことが、いっぱいあるというのに...。
というわけで、ブルーベリー増収計画は、今日も考察だけで終わりました。
2011年6月21日火曜日
真竹の筍
2011年6月18日土曜日
2011年6月17日金曜日
カエルジャクシ
田んぼに行くと、手足が出てきたのに、しっぽのついている、オタマジャクシでもカエルでもないカエルジャクシ(?)が、うじゃうじゃしています。
まだ、顔の丸いカエルジャクシ。
顔が三角に尖ってきたカエルジャクシ。
あぜ道を歩くと、さっと水に飛び込んでいる連中は、もうしっぽがとれたカエルだけでしょうか?
田植えをしていたら、たけさんが通りかかりました。
コナギがいっぱい生えているので見て、
「これが生えると稲がやられっちまうんだよなあ。除草剤は使わねえのか?」
と、答えが分かりきったことを聞きます。
「使わないよ」
「そんじゃあ、しゃあんめなぁ」
と、ため息をついて、行ってしまいました。
いつ除草剤をまいたのか、他所の田んぼにはまったくコナギが出ていません。たぶん、稲を植えるとき、一緒にまいたのでしょう。
アオサギやシラサギが田んぼをつついているのを見ると、
「除草剤もカメムシ駆除剤も使っていない私の田んぼをつつきなさいよ」
と言ってやりたくなるし、カエルジャクシを見ていると、
「サギに食べられないようにしなさいよ」
と言ってやりたくなります。
2011年6月16日木曜日
2011年6月15日水曜日
ヤマウルシの実
小さいころ、何度か山でヤマウルシにかぶれました。
長じて、漆を塗ってみたいと思い、「そのうち、免疫ができるから」と言われたのに全然駄目で、何度もかぶれひどい目にあいました。
また、熟れたマンゴー(ウルシ科)をもんで柔らかくし、穴をあけてそこからチューチュー吸うという、ガーナ式の食べ方を教えてもらってかぶれ、普通に食べたときはなんともないのでマンゴーが原因とは長い間気がつかず、何度もかぶれて、ひどい目にもあいました。
というわけで、うるしの木の近くに行けば、姿が見えなくても気配を感じるほど、うるしには敏感です。
ところで、お隣りの「木工房210」では、Kさんがおもに形をつくり、Jさんが漆を塗る仕事をしています。だから、Jさんは家の周りに漆の木が生えれば大喜びで、いつの日か漆掻きができる日を夢見て、たいせつに保護しています。
道の脇に生えているヤマウルシです。
Jさんたちが住む前は、私がこてんぱんに切っていたのですが、彼女たちの管轄下に入り、いまでは伸びのびと育っています。
今年は実までつけてしまいました。
よく見ると、なかなか風情があります。絶対に近づきませんけれど。
2011年6月14日火曜日
瓦を拾ったりしたくありませんでした。
地震から三ヶ月経ちました。
地震直後に、「鉾田の方では、屋根の修理に一年以上かかると言われたらしい」と聞き、「そんな、どうして?」と信じられませんでしたが、だんだん、それが現実となりつつあります。
我が家の周りを見ても、修復された瓦はほとんどありません。みんなシートを被せたままです。
まず、瓦屋さんの数が限られていること、問屋の瓦が地震で全部割れてしまったこと、瓦の産地の生産が間に合わないこと、地震直後は瓦運搬の輸送手段がなかったこと、そして、いま言われているのは、瓦をとめる「土」と呼ばれている、漆喰状の接着剤の生産ができないことです。
地震からしばらく経った頃の庭の様子です。地震の揺れが長く続いたため、次第に振幅が大きくなり、寄棟の棟瓦の半分ほどが落ちました。
拾い集めた瓦を役場に持って行くと、役場の広場には、瓦の山が出来ていました。
というわけで、今日も我が家の瓦の上には、シートを押さえて土嚢袋が乗っています。
津波や液状化に比べれば小さな被害でしたが、なかなか地震の後遺症は消えそうにありません。
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